僕は25歳で、たまにバイトをするその日暮らしをしています。母は45歳で僕が幼いときに父と別れ、僕と母は3LDKのマンションに暮らしています。僕は幼いころからかなり甘やかされて育てられたため、小学生になっても母のおっぱいを飲んでいました。そのため、母は常に母乳が出ていました。そして僕が小5の時、いつもどうり寝る前に母のおっぱいを飲んでいたらなんかいやらしい変な気分になって、ちんちんが勃起してしまいました。何の気なしに母に『お母さん、ちんちん大きくなっちゃった』と言ったら、母は少し驚き『それじゃ、今日はおっぱいおしまい』と言われ強制的にやめさせられました。いつもは母が結構、疲れている時でも僕がおっぱいを吸うのをやめるまでやめさせることは滅多にないのに、おかしいなと思いながらもそんなには気にしませんでした。そして、次の日の夜も母のおっぱいを飲んでいたら、また勃起してしまいズボンを下げてちんちんを擦ってみたら、すごく気持ち良くておっぱいを飲みながらしばらく続けていました。母は僕がおっぱいを飲んでいるあいだは、だいたい目をつぶっているので気づかなかったのでしょう。そして、しばらくたった頃、母が急に気づき『何、やってるのっ!!』と怒鳴られた瞬間ちんちんにすごい熱を感じ、初めての射精をしました。すごい勢いで射精したため、母の服に精子がべっとりとつき、僕は驚いて泣いてしまいました。そしたら母がこれは射精というもの、という事などを教えてくれて『○○も大きくなったから今日でおっぱいはお終い』(実際はそれからも飲んでいる)と言われ、『そのかわり○○が射精したいときはいつでもお母さんに言って』と言われたので、僕は『それじゃ、今もう一度射精したい』と言いました。そしたら母は最初、手で僕のちんちんを少ししごいた後、口でしてくれて僕は30秒ほどでいってしまい、母はそれを全部飲んでくれました。その日から毎日、母にいろいろしてもらうようになりました。特に僕が好きだったのは、母が僕の体をくまなく舐めてもらって、最後にフェラで出してくれることでした。そしてそれから2年経った、僕が中1の時に、学校でSEXはサイコーに気持ちいいと言うことを聞いて、まだ誰もSEXはしたことなかったので僕もすごく興味がわきその日の夜、母に『SEXさせて』と言ってみたのですが母は『親子でそこまではダメ』と言われ、させてくれませんでした。でも僕はあきらめられず、深夜母がぐっすり眠るのを待ち母のパジャマのズボンを脱がせようとしたのですが、母は起きて『何するの!!』と言いひっぱたかれ、僕はすごく泣きました。すると母は僕の涙に弱いので『もう、分かったわ。明日の夜しましょ。今日はもう寝なさい』と言われ、その時はフェラでちゃちゃっとぬいてもらい寝ました。そして次の日の夜、母と一緒に風呂に入り、体を拭くと服を着ずに寝室に行きました。当時母はまだ30代前半で胸もたれてもいなく、そこそこ大きく体の線もしっかりしていて魅力はかなりあったと思います。そして、母に体を全身舐めてもらったあと、母にコンドームつけてもらい母の誘導で挿入をしました。母に挿入したら中は暖かくすごく気持ちよくて、僕は少し動かしただけでいってしまいました。母は『あら、はやい』と言って僕のコンドームを取り、『すごい量ねえ』と言って笑っていました。そして『○○まだできる?』と言い僕は『うん、今度はコンドームしないでやりたい』と言い母は少し考えた後、『分かったわ。でもいきそうになったら、外で出してね。そうじゃないと赤ちゃんできちゃうから』といい、承諾をしてくれました。そして、母に生でいれたところ、さっき以上の気持ちよさに2、3回腰を振ったら、不覚にもそのまま中にいってしまいました。母は『中にださないでって言ったでしょ。赤ちゃんできちゃうのよ』と言い怒りだし、僕は母に泣いて謝ったら『しょうがないわよね。はじめてなんだもの。お母さんが悪かったわ』と言いゆるしてくれました。そして『赤ちゃんできちゃったらおろすからいいわ。お母さんも生の方が気持ちいいし。それより○○まだできる?』と言われ、ぼくもまだまだやりたかったので『うん。』と言い、また生でやりました。そして、その日は5回くらい母とやりました。それから半年後、母は妊娠をし中絶をしました。妊娠母したことで僕も少し反省し、それからなるべく中だししないようにやっていたのですが、今から5年ほど前に2回目の妊娠、中絶しました。そして8ヶ月ほど前に3回目の妊娠をしたのですが、母は2回目の中絶をしてから生理も不定期で、今回はつわりもこなくて母が何か異常を感じて産婦人科に行ったときには、中絶は出来ないとこまできていました。そして、今から2ヵ月後には、僕と母の赤ちゃんが生まれます。でも、母も僕も幸せでいっぱいです。
僕は25歳で、たまにバイトをするその日暮らしをしています。
母は45歳で僕が幼いときに父と別れ、僕と母は3LDKのマンションに暮らしています。
僕は幼いころからかなり甘やかされて育てられたため、小学生になっても母のおっぱいを飲んでいました。
そのため、母は常に母乳が出ていました。
そして僕が小5の時、いつもどうり寝る前に母のおっぱいを飲んでいたらなんかいやらしい変な気分になって、ちんちんが勃起してしまいました。
何の気なしに母に『お母さん、ちんちん大きくなっちゃった』と言ったら、母は少し驚き『それじゃ、今日はおっぱいおしまい』と言われ強制的にやめさせられました。
いつもは母が結構、疲れている時でも僕がおっぱいを吸うのをやめるまでやめさせることは滅多にないのに、おかしいなと思いながらもそんなには気にしませんでした。
そして、次の日の夜も母のおっぱいを飲んでいたら、また勃起してしまいズボンを下げてちんちんを擦ってみたら、すごく気持ち良くておっぱいを飲みながらしばらく続けていました。
母は僕がおっぱいを飲んでいるあいだは、だいたい目をつぶっているので気づかなかったのでしょう。
そして、しばらくたった頃、母が急に気づき『何、やってるのっ!!』と怒鳴られた瞬間ちんちんにすごい熱を感じ、初めての射精をしました。
すごい勢いで射精したため、母の服に精子がべっとりとつき、僕は驚いて泣いてしまいました。
そしたら母がこれは射精というもの、という事などを教えてくれて『○○も大きくなったから今日でおっぱいはお終い』(実際はそれからも飲んでいる)と言われ、『そのかわり○○が射精したいときはいつでもお母さんに言って』と言われたので、僕は『それじゃ、今もう一度射精したい』と言いました。
そしたら母は最初、手で僕のちんちんを少ししごいた後、口でしてくれて僕は30秒ほどでいってしまい、母はそれを全部飲んでくれました。
その日から毎日、母にいろいろしてもらうようになりました。
特に僕が好きだったのは、母が僕の体をくまなく舐めてもらって、最後にフェラで出してくれることでした。
そしてそれから2年経った、僕が中1の時に、学校でSEXはサイコーに気持ちいいと言うことを聞いて、まだ誰もSEXはしたことなかったので僕もすごく興味がわきその日の夜、母に『SEXさせて』と言ってみたのですが母は『親子でそこまではダメ』と言われ、させてくれませんでした。
でも僕はあきらめられず、深夜母がぐっすり眠るのを待ち母のパジャマのズボンを脱がせようとしたのですが、母は起きて『何するの!!』と言いひっぱたかれ、僕はすごく泣きました。
すると母は僕の涙に弱いので『もう、分かったわ。
明日の夜しましょ。
今日はもう寝なさい』と言われ、その時はフェラでちゃちゃっとぬいてもらい寝ました。
そして次の日の夜、母と一緒に風呂に入り、体を拭くと服を着ずに寝室に行きました。
当時母はまだ30代前半で胸もたれてもいなく、そこそこ大きく体の線もしっかりしていて魅力はかなりあったと思います。
そして、母に体を全身舐めてもらったあと、母にコンドームつけてもらい母の誘導で挿入をしました。
母に挿入したら中は暖かくすごく気持ちよくて、僕は少し動かしただけでいってしまいました。
母は『あら、はやい』と言って僕のコンドームを取り、『すごい量ねえ』と言って笑っていました。
そして『○○まだできる?』と言い僕は『うん、今度はコンドームしないでやりたい』と言い母は少し考えた後、『分かったわ。
でもいきそうになったら、外で出してね。
そうじゃないと赤ちゃんできちゃうから』といい、承諾をしてくれました。
そして、母に生でいれたところ、さっき以上の気持ちよさに2、3回腰を振ったら、不覚にもそのまま中にいってしまいました。
母は『中にださないでって言ったでしょ。
赤ちゃんできちゃうのよ』と言い怒りだし、僕は母に泣いて謝ったら『しょうがないわよね。
はじめてなんだもの。
お母さんが悪かったわ』と言いゆるしてくれました。
そして『赤ちゃんできちゃったらおろすからいいわ。
お母さんも生の方が気持ちいいし。
それより○○まだできる?』と言われ、ぼくもまだまだやりたかったので『うん。
』と言い、また生でやりました。
そして、その日は5回くらい母とやりました。
それから半年後、母は妊娠をし中絶をしました。
妊娠母したことで僕も少し反省し、それからなるべく中だししないようにやっていたのですが、今から5年ほど前に2回目の妊娠、中絶しました。
そして8ヶ月ほど前に3回目の妊娠をしたのですが、母は2回目の中絶をしてから生理も不定期で、今回はつわりもこなくて母が何か異常を感じて産婦人科に行ったときには、中絶は出来ないとこまできていました。
そして、今から2ヵ月後には、僕と母の赤ちゃんが生まれます。
でも、母も僕も幸せでいっぱいです。